バイクでのはじめての事故から2日後、やっと動けるようになったぼくは、事故後はじめて自分のバイクを見た。意外なことに思っていたほどの損害ではなかったけど、エンジンはもちろんよく見るとところどころ交換が必要な箇所があった。
しばらくはまた自転車乗りに逆戻り、そう思うとかなり落ち込んだ。
とりあえずは割れてしまったエンジンを新しいエンジンに乗せかえることが最優先だったが、そこは金のない貧乏浪人、そうそういいものが買えるはずなく、毎日予備校が終わった後ヒマを見てはオークションを覗きつつ安いものに入札するということを繰り返しつつ、壊れてしまったパーツに代替できるものを倉庫から引っ張り出したりしながら、一ヶ月がたった。幸いなことにエンジン以外の修理は順調にすすみ、あとはエンジンをのせるだけ、しかしそのエンジンがなかなか手に入らなかった。そのことを親父に伝えると、親父はおもむろに立ち上がると倉庫の奥底からボロボロのダンボール箱を取り出してきた。
その古びた箱の中には多少の年季を感じる、うっすらとさびの浮いたエンジンが出てきた。
どうやらそれは、親父が若いころに乗っていたバイクのもののようだった。エンジンがないということを聞いた親父は、それまですっかり忘れていたそれの存在を思い出したらしく、20年前は確実に動いていたというそれを載せてみることになった。おどろくべきことにそれを載せてみると、ずっと倉庫の奥底に眠っていたはずのそれは、最初こそぐずついたものの、すぐに機嫌を取り戻し、快調に運転をはじめてくれた。
そのエンジンは、パワーこそ壊れてしまったものよりも劣るけれど、それを気にさせないほどの安心感と気持ちよさがあった。
それからぼくの愛車は、ちょくちょく問題をおこしては友達にとっととそんなポンコツ捨てちまえ、とバカにされながらも元気に走ることができた。
初めて乗ったそのバイクは、ぼくにその楽しさを教えてくれた。
浪人だったぼくは、その年に無事に東京の大学に合格することができた。そのときに、一緒に持っていきたかったけど、いろいろな問題があってできなかった。だけど、地元に帰れば必ずピカピカに磨いた愛車に乗るそれがぼくの一番の楽しみになっている。
とりあえずこれでおしまいにします。ほんとはもっとたくさん言いたいこともあるのですが。今の自分にはこれが限界です。文章うまくなりたいなぁ(泣
- 2007/10/08(月) 22:44:50|
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ぼくがはじめて乗ったバイクは、少し変わっていた。
それは空を飛ぶとか、じつはジェットエンジンをつんでいてマッハ3出るとかじゃそんな夢みたいなもんじゃない、それならむしろ乗ってみたいぐらいだ。
それは倉庫の片隅に眠っていた。しずかに、しずかに永遠のねむりにつこうとしていた。しかし誰かにその眠りから無理やりたたき起こされた。そのだれかは長い長い時間をかけて修理をしてくれたのだ。走れるようになるまではだいたい4年かかった。しかし修理してくれた人は、仕事がいそがしかったんだろうあまり走るということをしなかった。
それからどのくらいの時間がたっただろうか、倉庫の片隅で、再び朽ちていこうかとしたとき、オレはまた、息を吹き返すことができた。
修理をしてくれた人の子供が、オレに乗りたいと言い出したらしいのだ。オレは、エンジンを49ccに乗せかえられ再び走り出すことになった。
そいつはエンジンを載せ変えてから毎日のように、というか毎日俺に乗っていた最初は操作を間違えてエンストをよく起こしていたし機体の問題から走れなくなることが良くあった。エンジンを載せ変えて走れるようになってから二週間ほどたったとき、だいぶ操作もさまになってきて少しずつエンジンのパワーを使えるようになっていた、しかしこのエンジンがくせものだったのだ。そのエンジンはオレよりも前から倉庫で眠っていた。俺がこのうちにきてから二十五年、それよりも前となると、じつに三十年以上も前のエンジン、不具合がないはずがない。だがエンジンはかかり、車輪も回る、しかしなにかがおかしい、乗り手の少年はそのことに気づかない、それはそうだろうこいつはオレに乗るのがはじめてなのだ。多少乗りにくくても、バイクはこういうものなんだというふうにおもっている。
しかし気づいてほしかった。そうすれば、あんなことにはならなかったのだから・・・
その日オレは、いつものようにこいつと一緒に予備校までの道のりを走っていた。そしてその帰り道に問題は起こった。いつもの道、いつもの景色、いつもの風、すべてはいつもどおりのはずだった。しかしそうはならなかった。
パァンッッッ!!!!!!!!!突然、何かが破裂する音が聞こえた、いや、むしろ爆発音といってもいいような大きな音だ。後輪がロックしオレは横滑りをおこしそうになる。そしていきなり前輪もロックした。パニックに陥ったこいつが思い切りブレーキをかけたのだ。しかしこれがいけなかった。突然回転をとめられて行き場をなくしたスピードが、それだけのことでゼロになるわけがない。リアが浮かび宙を舞う、ちょうど飛び込み前転したような形で地面にたたきつけられた。
・・・・・・・・
ぼくは気がつくと中を舞っていた、ずいぶん長く感じたし何でこうなったのか理解できなかった。突然爆発したかとおもうとつぎにはとんでいる。地面が迫る、現実離れしていた、死ぬかとも思った。ぶつかったときは痛さよりもなにより衝撃をかんじた。
かろうじでぼくの意識は飛ばなかったがあまりの衝撃にしばらく動くことができなかった。バイクをあしのうえからどかし歩道に何とかバイクを動かし、真っ先にバイクを確認した。ハンドルはまがりステップは折れ、エンジンは割れ中からはオイルが漏れていた.自分そっちのけで、壊れてしまったバイクをみて涙がとまらなかった。
幸い骨折などはしてなかったようなので体中痛かったけど家までバイクを押して帰った。(そのときは夜だったので怪我の具合がどの程度かわからなかったのですが、家で確認してみると服はぼろぼろで、血だらけで、そのあと二日間まともに動けなかったなぁ…)
結局この後、修理することになるのですが、それはまた今度、う〜ん・・・もっと多彩な表現ができるといいなぁ
ではおやすみなさいZzz
- 2007/10/06(土) 02:35:26|
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突然だが、ぼくはバイクが好きだ!記憶に残るなかで初めて風を切ったのは、まだぼくが保育園に通うようになる前、親父の運転する大きなバイクだった。最初はバイクから鳴り響く、車とは別次元の音に驚いたしタンデムシートに乗せてもらった時は怖かった、必死に親父にしがみついて目をかたく閉じて・・・
そのうちにバイクは走り出す、最初はゆっくりとそして力強く・・・
風を感じた。季節は夏、まだ夏真っ盛りだった。心地いい風を、扇風機やクーラーとはまったく違う、心がうずくような、気持ちのいい風を…
気がつくと目を開けていた。流れていく見慣れていたはずの近所の風景が妙にきれいだった。
それからぼくは、ことあるごとに親父のうしろに乗せてもらった。でもそのうち自分で運転したいという風に思った。
それを両親に伝えたけど、ふたりは少し困った顔をしただけだった。
今考えると当然だと思う。子供のバイクは金がかなりかかるし、何よりも危ない。
それからは、自転車の練習をした。乗れるようになってからはどこに行くのもチャリンコだった。交通機関が少なかったこともあるが、なによりも風を切るのが好きだったからだ。
高校を卒業して浪人時代、初めて免許をとった。原付免許だ。
初めて道路を走ったときは、脳みその奥がしびれていた。うれしくてしょうがなかったからだ。
まさかそのときは自分の初めてのバイクがとんでもない問題をかかえているとはおもわなかったけど・・・
続きはまた今度に、キーボードになれないと長文うつのがとてもたいへんですねぇ・・・
でわ
- 2007/10/05(金) 01:21:49|
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